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広島高等裁判所岡山支部 昭和33年(ネ)20号 判決

控訴人 原告 安田勇 外一名

訴訟代理人 東野丈夫

被控訴人 被告 日本国有鉄道 代表者総裁 十河信二

訴訟代理人 小野林治 外一名

主文

原判決を取り消す。

本件を岡山地方裁判所玉島支部に差し戻す。

事実

当事者双方の主張と立証は、左記のほか原判決事実摘示と同じであるから、ここにこれを引用する。

控訴代理人において、

一、本件訴状で当初被告の表示を「国」としたのは、単なる誤解誤記に過ぎない。即ち、本件損害賠償の責任者は日本国有鉄道であることは当初から充分承知していたと同時に、日本国有鉄道を本訴請求の相手方たる被告とする意思であつたが、「国有」なる名目があるので、訴訟上の形式として被告を「国」とすべきものと誤解した結果、誤まつてそのように記載したものである。このことは、本件訴訟提起前に本件賠償請求の通知(催告)を日本国有鉄道総裁に対してなしている事実に徴しても明らかである。

二、しかるところ、控訴代理人は原裁判所から被告を「日本国有鉄道」と表示すべき旨の通知を受けると同時に、前記のように被告を「国」としたことの誤りに気付いたので、右通知に従つて即時原裁判所に対しこれを「日本国有鉄道」に訂正の申立をしたものである。従つて、これを目して当事者の変更とし、国に対する旧訴の取下と日本国有鉄道に対する新訴の提起がなされたものと解するのは明らかに不当の見解であり、これは単なる誤記の訂正補充と目すべきものである。されば、その訂正補充の効力は本訴提起の時に遡及し、換言すると本件訴状に当初から被告を「日本国有鉄道」と表示されていたものとしての取扱いを受くべきものである。

被控訴代理人において、

一、控訴人ら主張事実中岡山鉄道管理局長名義の損害賠償請求には応ぜられない旨の昭和三十一年十月二十二日付書面が同月二十六日午前九時頃控訴人らに到達したとの事実は認める。

二、しかし、控訴人らの本訴請求は左の理由で失当たるべきものである。即ち、訴状提出後における当事者の表示の訂正は当初の当事者の同一性を害しない場合に限つて可能であり、訂正補充に名を借りて別人を表示することは当事者の変更として取扱うべきものであることは明らかである。本件について見るのに、当初における何人が被告であるかの点は、国であることは疑を入れる余地のないもので、その後控訴人らが被告の表示を国からそれとは別個の法人である日本国有鉄道に訂正することは、当事者の変更で、訴の変更と異なり、控訴人らがたとえ主観的には同一の請求をなすつもりであつても、訴訟法上統一的な行為と見ることはできないもので、それは一方において旧被告の脱退があり、他方においてこれと独立に新被告の加入の存するものである。即ち、控訴人らが本件において訴状の補正と主張するものは、実は従来の訴状を利用して、当事者を変更したもので、これによつて旧訴を取下げ、新訴を提起した効力を生ずるものである。また、控訴人らが主張する遡及効の如きは、行政事件訴訟特例法第七条の如き明文があつて始めて許されるべきもので、その明文なき通常の民事訴訟法においてはその失当であることは明らかであるからである。

理由

控訴人らは、本訴において控訴人らの子訴外安田浩が昭和二十八年九月二十八日国鉄山陽本線鴨方駅と里庄駅との間にある踏切で国鉄の過失ある列車事故により死亡したと主張し、不法行為を原因とする慰藉料等の賠償を請求するものであるところ、被控訴人はこれに対し時効の抗弁を主張するので、右抗弁について審案する。

先づ、訴外安田浩が控訴人ら主張の右日時場所で国鉄の列車事故により死亡し、控訴人らが即日右事故死による損害発生事実を知つたことは当事者間に争いがないから、本件賠償請求権は右事故死した日の翌日である昭和二十八年九月二十九日を起算日として三年間これを行使しないときは時効により消滅すべき筋合にあることは民法第七百二十四条に徴して明白である。しかし、控訴人らは被控訴人に対し裁判外で昭和三十一年九月二十七日到達した同月二十六日付書面により右損害賠償の請求をし、これにより民法第百四十七条にいわゆる時効中断の請求(催告)がなされたことは当事者間に争いがない。

ところで、被控訴人の抗争するところは、右催告は独立の中断事由ではなく、その後六ケ月内に裁判上の請求をしなければ時効中断の効力を生じないところ、本訴が提起されたのは右催告後六ケ月を既に経過した昭和三十二年五月二十二日であるから、右催告は結局時効中断の効力を生じなかつたものであるというにある。

なるほど、民法第百五十三条によれば、右催告は六ケ月内に裁判上の請求等をしなければ時効中断の効力を生じないことは明らかであるが、右六ケ月の起算日をどのように解すべきかについては、法文上必らずしも明らかではなく、それは一律に決しがたく、各場合について検討すべき事柄である。即ち、民法第百五十三条第百五十七条の法意に鑑みるときは、その起算日は原則として催告の相手方に到達した日の翌日と解すべきであるが、催告を受けた者が予め催告をした者に対しその催告に応ずるかどうかを決するについて猶予を乞うと共に、これが諾否の回答をなすべきことを約した上、後日その回答をしたような場合においては、その催告後回答がなされるまでの間は催告の効力が存続しているものと解するのを相当とするから、その起算日は結局諾否の回答が到達した日の翌日と解すべきである。

そこで、これを本件について見るのに、被控訴人は控訴人らの右催告に対し、昭和三十一年九月二十九日付日本国有鉄道総裁室法務課長名義の書面で「岡山鉄道管理局をして審理の上回答させるから了承願いたい」旨の回答をし、さらに同年十月二十二日付岡山鉄道管理局長名義の書面で「右催告に応じえない」旨の回答をし、該拒絶書が同月二十六日到達したことは当事者間に争いがないから、控訴人らのなした右催告の効力は拒絶書の到達したときまで存続していたものと認むべく、その到達した日の翌日である同月二十七日をもつて六ケ月の起算日としなければならない。従つて、昭和三十二年四月二十六日までに裁判上の請求がなされたときは、右催告が被控訴人に到達したときに時効が有効に中断されたものといえる訳である。

よつて、本件訴訟が何日提起されたかを記録に徴してみると、先づ本件訴状は昭和三十二年四月二十六日岡山地方裁判所笠岡支部に到達し、同支部より翌二十七日に同一地方裁判所の支部たる原裁判所へ行政送付されたこと及びその訴状には被告を「国」と表示し、その法律上の代理人として「日本国有鉄道総裁十河信二」と表示されていることが認められる。ついで、控訴代理人から同年五月二十二日原裁判所に対し訴状補正の申立書が提出され、被告を「国」としたのは「日本国有鉄道」の誤りにつきこれを改める旨の申立をし、即日これが受理されたことも記録上明白である。

そこで、さらに進んで、被控訴人に対する適法な裁判上の請求が何日なされたかについて考察する。この点について、被控訴人は控訴人らにおいて当初国を被告として提訴し、その後被告を被控訴人に改めたもので、これは正に当事者の変更であるから、被控訴人に対する裁判上の請求がなされたのは、前記訴状補正の申立がなされた昭和三十二年五月二十二日であると主張するのに対し、控訴人らはそれは単なる当事者の表示の訂正補充であつて、当事者の変更ではないと主張する。

凡そ、当事者の変更であるか、単なる当事者の表示の訂正補充であるかの問題は、当事者の同一性の有無によつて自ら解決される問題である。そして、訴訟の当事者が何人であるかは、訴状全般の内容からこれを客観的に判定すべきものであつて、この場合訴状に当事者として表示された氏名、名称等は最も重要な判定の要素となるが、それだけを唯一の資料とすべきものではなく、換言すればその表示された氏名、名称のみに拘束されるものではなく、訴状の全趣旨に徴して何人から何人に対する判決が求められているかが判明するときは、その者を訴訟の当事者と解すべきものである。控訴人らは当初訴状に被告「国」と表示したのは、被控訴人の名称の国有なる名目にまどわされたことによるもので、控訴人らの真意は当初から被控訴人をもつて被告とする意思であつたことを強調するが、その主観的意思のみをもつて当事者の何人たるかを判定することは許されない。しかしながら、本件訴状には前記認定のように被告を「国」と表示されているけれども、その法律上の代理人としては「日本国有鉄道総裁十河信二」と表示されている。のみならず、右訴状に記載された請求原因事実に徴すると、その不法行為の存するところは、日本国有鉄道従業員の過失であることを主張するものであることも明らかである上に、右請求原因第五項によれば、明らかに国と日本国有鉄道とを混同していることが容易に看取されるところである。従つて、このような訴状自体の全趣旨に鑑みるときは、それは日本国有鉄道をもつて被告とする趣旨であると判定するに難くなく、被控訴人主張の如くこれを国と判定することは到底正当なる見解とはなし難い。これを要するに、本件訴状はそれ自体被控訴人を被告とするものであつて、正に控訴人らから被控訴人に対する判決が求められているものといわねばならない。

このように既に本件訴状において、被控訴人を被告とする趣旨が確定されているものであるから、本件訴状の被告の表示を被控訴人に訂正補充したとしても、当事者の同一性は維持されているので、その間に当事者の変更があつたものとする余地のないこと明白である。

そして、控訴代理人において、前記認定のように本件訴状につき被告を「日本国有鉄道」に訂正補充の申立をしたのは、確定された被告をより適正な表示に更正するに過ぎないものであるから、それが訴状提出後といえども当然許容されるものであると共に、訴状提出の時に遡つてその効力を生ずるものと解するのを相当とする。

されば、被控訴人に対する適法な裁判上の請求がなされた日時は、結局前記認定のように本件訴状が岡山地方裁判所笠岡支部に到達した昭和三十二年四月二十六日であることが認められるから、前記催告後六ケ月の法定期間内に裁判上の請求がなされたこととなり、従つて前記催告は時効中断の効力を生じた結果、本件損害賠償請求権はまだ時効完成によつて消滅したとすることはできない。

以上の次第により被控訴人の時効の抗弁は到底採用できないから、これと異る原判決は取消を免れず、本件損害賠償請求権の存否については原裁判所で審理が行われていないので、本件を原裁判所に差戻すべきものとする。

よつて、民事訴訟法第三百八十六条第三百八十九条第一項を適用して主文のように判決する。

(裁判長裁判官 高橋英明 裁判官 高橋雄一 裁判官 小川宜夫)

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